※この記事は令和7年1月現在の法令に基づいて作成しています。
こんにちは、新潟市で活動しているハル税理士事務所、税理士の佐々木です。
法人ならではの制度に「使用人兼務役員」というものがあります。
取締役でもあるが、従業員としての性質も合わせ持つ…一見何のためにあるのかよく分からない制度です。
実は、かなりのメリットを持つ反面、この制度を利用できる人は限られますし、また、状況変化により使えなくなる場合もあります。
今日はそのあたりを記事にします。
使用人兼務役員のメリット
佐々木さん、我が社の従業員で昇進して取締役にしたい人がいるんだ。
そうすると、もう賞与は支払うことができなくなるのだよね?
いえ、賞与の支払い自体はOKですよ。
一般的には、次の方法で賞与を支払います。
- 事前確定届出給与を提出して支払う
- 法人税上の損金にならないことを覚悟して、自由に賞与を出す
- 使用人兼務役員として支払う
む、そういえば届出すれば役員にも賞与を出せるんだったな。
しかし、できればその時その時の業績に応じて支払いたいんだが…。
とはいえ、経費にならないのは嫌だしなぁ。
その「使用人兼務役員として支払う」というのは何なのかね?
そうですね、もう最初に使用人兼務役員のメリットを端的に説明しますね。
その方が、使用人兼務役員の要件、リスクなど頭に入りやすいかもしれないですし。
メリット①:賞与の支給が可能
一番のメリットはこの「賞与の支給が可能」ということだと思います。
逆に言うと、取締役などの「役員」の最大のデメリットは「自由に賞与を裁量的に支給できないこと」でしょう。
ということは、私の考える業績に応じて支給する、という点が可能なのかね?
そのとおりです。
会社の業績またはその取締役個人の業績、そのようにある程度事業年度の途中まで進まないと分からない状況に応じて、使用人兼務役員の賞与を決めることができます。
届出もいらないんでしょうか?
そうです、事前の届出も不要です。
通常の従業員のようにその時の会社の状況に応じて、賞与の額を決めることができます。
ただし、後述するように使用人兼務役員になれる人には制限がありますし、リスクもありますので最後までしっかりお読みください。
メリット②:毎月の給与にも柔軟性がある
次に、役員は「定期同額給与」の制限を受けます。
これは、事業年度開始後に行われる株主総会または取締役会で役員報酬を決め、その金額を翌年度まで継続しなければ法人税上の損金として認められない、というものです。
例外として、災害その他やむを得ない事情で役員報酬を下げなければならない、役員の変更があった、など変えられる場面もありますが、基本的には「役員報酬は1年間は変更できない」と考えてください。
しかし、使用人兼務役員は「役員報酬」と「従業員給与」を同時にもらっている状態です。
そのうち、「従業員給与」の部分は変更が可能です。
(とはいえ、ほかの従業員とのバランスは必要です。
理由のない減給などは労働法上の問題ありますね。)
メリット③:雇用保険に加入できる
使用人兼務役員は「取締役」でもありますが同時に「従業員」でもあります。
そして、従業員として労働していることになります。
そのため、雇用保険、労災保険への加入が可能です(自動加入でなく、届出が必要です)。
また、有給休暇の付与も可能ですね。
使用人兼務役員の条件、リスクなど
これは、いい制度だね!
我が社でも取り入れたいね!
条件や税務署への届出などあるのかね?
税務署への事前届出はありませんが、使用人兼務役員の条件、とくに使用人兼務役員になることのできないパターンを説明しますね。
使用人兼務役員になれない人
使用人兼務役員の意義
まず、使用人兼務役員とは何かを確認しておきましょう。
そうすると、使用人兼務役員になれない人も自ずと把握しやすいです。
法人税法施行令よりも国税庁のタックスアンサーの方が分かりやすいので、そちらを掲載します。
使用人兼務役員とは、役員のうち部長、課長、その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事する者をいいます…。
国税庁 タックスアンサー No.5205 役員のうち使用人兼務役員になれない人
けっこう、大事なことが書かれています。
「職制上の地位を有し」「常時使用人としての職務に従事」、つまり、形だけ使用人兼務役員であってもダメということです。
実際に、他の従業員と同様に会社に出勤し、従業員として働いていないとダメということですね。
この点、まったく会社に出勤せず、肩書だけが使用人兼務役員の場合には、条件を満たしません。
だって、あなたが社長なら「まったく出勤しない従業員」に給料を支払わないですよね。
使用人兼務役員になれない人
さて、本命の使用人兼務役員になることのできない人を見ていきましょう。
上述の国税庁タックスアンサーNo.5205の続きにそれが書いてあるのですが、少し分かりにくいので、まとめました。
- 代表取締役
- 副社長、専務、常務その他これらに準ずる職制上の地位を有する役員
- 合名会社等の業務執行社員
- 委員会設置会社の取締役、会計参与、監査役、監事
- 同族会社の特定の役員
けっこう色んな人がなれないんですね…。
このうち、中小規模の株式会社で大切なのは、「代表取締役」「副社長、専務、常務その他これらに準ずる職制上の地位を有する役員」「同族会社の特定の役員」の3つです。
あとの2つはあまり気にしなくてよいでしょう。
まず、「代表取締役」「副社長、専務、常務その他これらに準ずる職制上の地位を有する役員」の二つに注意しましょう。
簡潔に要点を言うとこれらの人たちは、そもそも「従業員」の立場を持てません。
代表取締役(=社長)や専務(会社のNo2)、常務(会社のNo3)などその会社のトップの方に位置する人は会社を統括して従業員に命令する立場です。
従業員の給与の決定にも大きな権限を持っています。
これらのトップ層の人たちは従業員の立場を同時に持つことはできないために、使用人兼務役員になることはできません。
なるほど、端的に言えば、「平取締役」がなれるということだな。
そのとおりです。
ただ、平取締役でも制限があります。
「同族会社の特定の役員」がその制限ですが、少し分かりづらい規定です。
いわゆる、「みなし役員」と呼ばれるものですが、要件は次のとおりです。
- 株主グループ1~3順位まで合計した場合、所有割合50%超となる株主グループに属している
- その使用人の所属する株主グループの所有割合が10%超
- その使用人(配偶者等を含む)の所有割合が5%超
※上記すべてを満たすこと。
けっこう難しい規定ですので、この部分が気になる場合には、契約税理士にお尋ねください。
重要なポイントは一つ。
平取締役であっても、社長や専務、常務(いずれも一定以上の株主であること)の嫁は使用人兼務役員になれない可能性が高い、ということ。
税法上、配偶者は基本的に一心同体とされることがありますが、このケースがそれです。
夫が社長、専務、常務で、上の表の要件を満たす人の場合には、奥様も同時に該当してしまう、ということです。
使用人兼務役員になれる?なれない?
少し、肩書を示して、使用人兼務役員になれるなれないの判定をしてみます。
肩書 | 判定 |
---|---|
取締役営業部長(そのほか支店長、工場長など) | 〇…営業部長という従業員の役割を兼務しています。 |
営業担当取締役 | ×…営業部を担当する取締役という意味合いです。実際に営業部の部長などをしているわけではないので、ダメです。 |
非常勤取締役 | ×…「常時使用人としての職務に従事する」の常時の部分を満たせないので、非常勤の方は使用人兼務役員になれません。 |
常務(実際に従業員として仕事をしている) | ×…肩書でダメです。小さい会社ですと、肩書は専務、常務でも、仕事はほとんど従業員と変わらない場合もありますが、肩書でまず判断されますので、アウトとされる可能性が高いでしょう。 |
取締役本部長(事業部長) | ×…バックオフィスを統括する立場のため従業員との兼務は認められません。 |
肩書でフィルタがかかり、次に実態でのフィルタがかかります。
使用人兼務役員の制度を使うなら、リスクのある肩書はやめましょう。
そして、肩書が特になくても「経営に従事している」、つまり、給与を自由に決められる立場などであればやはりダメです。
上記の取締役営業部長についても、肩書だけ営業部長であっても事務部門も同時に統括しているなどの実態が見られれば使用人兼務役員とは認められない可能性が高まります。
使用人兼務役員のリスクと注意点
今度取締役に昇進する者は私の血縁でもないしな。
よし、使用人兼務役員の方向で行こう!
一応、注意点などあれば教えてもらえるかい?
上記の「使用人兼務役員になれない人」に該当しなければ、外形的には特に問題ありません。
事前に税務署への届出が必要なものではないので、あとはしっかりと運用していくだけです。
運用について、次の点にご注意ください。
勤務の実態を記録する
勤務の実態を記録する、といっても大げさなものではありません。
他の従業員と同様に「出勤怠管理をする(出勤簿など)」「何の勤務に従事しているのか明らかにする(役割分掌)」「取締役報酬と従業員給与を明確に分けておく」などです。
特に、「取締役報酬と従業員給与を明確に分けておく」は忘れがちです。
年度当初の株主総会または取締役会において「取締役報酬は〇〇円」と明確にしましょう。
(わざわざ「従業員給与分は◆◆円」とは記載しなくとも、取締役報酬分さえ明確であれば残りは従業員給与となります)
税務調査があった場合、「この使用人兼務役員は、本当に従業員として働いている実態があるのだろうか?」と疑われますので、勤務実態は大切です。
時の経過による昇進などに注意(実例)
これは、実際にあった話ですが、常務なのに使用人兼務役員にしてしまっていた、という話です。
もちろん、会社はわざとしたわけではありませんし、税理士事務所の方も使用人兼務役員制度のことはよくわかっています。
なら、なんで常務を使用人兼務役員にしてしまったんですか?
それが「時の経過」です。
この会社では約10年前、営業成績が優秀なAさんを取締役にしました。
どんどん契約を取ってくるので、成績に応じて高いボーナスを出すため、当時の税理士と相談して使用人兼務役員として扱っていました。
時は流れ、10年の間に社長も変わり、税理士事務所の担当もちょくちょく変わり…相変わらずAさんは営業成績優秀です。
そこで、社長一同、Aさんを常務に昇進させました。
Aさんには業績に応じてボーナスが支払われていましたが、常務になってからもそれは続きました。
使用人兼務役員には税務署への届出も必要ありませんし、税理士事務所とコミュニケーションが豊富でなければわざわざ内部の昇進を伝えることもありません。
特に、普段は税理士事務所の担当は来ることはなく、年1回の決算時のみ対応するような場合にはだれが取締役か知る由もありません。
(本当は、だれが取締役かくらいは知るべきだと思いますが…)
こうなると、社内に「常務は使用人兼務役員になれない」と分かる人はいませんし、税理士事務所も把握できません(しようとしない、の方が正しいでしょうか…)。
時の経過により、起きてしまった事例ですが、税理士事務所とのコミュニケーション不足も一因です。
せめて普段から「取締役は定期同額給与という縛りがあり、賞与についても届出がないと法人税法上の損金にならない」などの会話があれば、「アレ?じゃあなんで我が社の常務にはボーナス出せているんだろう?」と思ったでしょうが…。
使用人兼務役員の制度を利用するなら、「なぜ取締役なのにある程度自由に賞与を支給でき、給与も変えられるのか」を覚えておくようにしましょう。
そして、分からなければ、契約税理士にすぐに確認できるコミュニケーションが欲しいですね。
まとめ
うむ、よく分かった。
我が社は佐々木さんに月1で訪問してもらっているから大丈夫だな!
そうですね、いろいろコミュニケーションしてますしね。
使用人兼務役員の制度に限らず、外部の人であり、専門家である税理士と豊富にコミュニケーションを取ることは大事です。
税金のことに限らず、他業種の状況や資金繰り、趣味のこと、いろいろ相談できる方が良いと思っています。
そうやって、経営の輪が広がるはずです。
使用人兼務役員の制度や当事務所長とコミュニケーションしてみたい方は気軽にご連絡を。
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