※この記事は令和7年5月現在の法令に基づいて作成しています。
こんにちは、新潟市で活動しているハル税理士事務所、税理士の佐々木です。
別記事でも紹介しましたが、「役員退職金」の制度は非常に使い勝手がよく、役員自身の所得税の節税、会社の法人税の節税、そして相続評価額を下げて事業承継を行いやすくする効果があり、メリットが多いです。
ただ、効果の大きい制度だけに、法令での制限も多いです。
その中で、今回は法人税として損金計上できる「役員対処金の算定と限界値」について記事にしてみます。
なお、他の法人税のブログはこちら。
役員退職金の算定の考え方

佐々木さん。
私の役員退職金だが、どのくらいまで出せるだろう。
引退はまだ先だが、考え方を教えてほしい。
役員退職金は、「役員の長年の経営努力に報いるため」「引退後の生活の安定」などのために支給されます。
会社が大きくなったのは役員の努力であり、その経営努力に応じて退職金も多く出すべきという考え方は当然でしょう。
とはいえ、具体的にどのような考え方で退職金を算定するのか?
1.基本の考え方
まずですが、税務を考えなければ、役員退職金はいくらでもかまいません。
会社の自由です。
しかし、税務上では制限があります。
法人税法施行令70 条2号
内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額
※筆者の判断で本文の一部を省略しています。
難しい文章ですね。
元となる法人税法34条との関係性もあり、複雑な文章です。
一言でいえば「高額な役員退職給与は損金として認めません」ということです。



でも、「高額」かどうかなんて、税務署は分かるんですか?
というか、会社側の我々もよく分かりませんし…。
そうですね。
会社は一社一社同じものはありません。
大まかに「建設業」「小売業」などと括っても、「社長の方針」「組織形態」「意思決定の決断方法」などまったく違っていますし、当然に役員がそこに関わってきた度合も違います。
とはいえ、まったく数値的な指標がなければ判定できませんので、上の法人税法施行令70 条2号でもキーワードが入っています。
- 業務従事期間
- 退職の事情
- 同種事業で事業規模が類似するものの役員退職給与の支給の状況
これらのキーワードを使う形で、計算式が一応あります。
2ー1.功績倍率法の考え方



功績倍率法ですか。
初めて聞く単語です。
法律用語なんですか?
一応、通達にありますが、正式な法律用語ではないでしょう。
通達では、次のように記載されています。
国税庁 法令解釈通達 第7款 退職給与 9-2-27の3 (業績連動給与に該当しない退職給与)
いわゆる功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項に規定する業績連動給与に該当しないのであるから、同条第1項の規定の適用はないことに留意する。
(注)本文の功績倍率法とは、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう。



佐々木さん、これだとまったく計算式がわからんね…。
この文章を強引に計算式の形に直すと、次のようになります。
最終月額報酬 × 勤務年数 × 功績倍率 = 役員退職金の上限
最終月額報酬 ➡ 退職直前の月給
勤務年数 ➡ 役員在籍年数
功績倍率 ➡ 下の表のとおり
役職 | 功績倍率 |
---|---|
代表取締役 | 3.0 |
専務 | 2.5 |
常務 | 2.2 |
平取締役 | 1.8 |
監査役 | 1.5 |



あくまで、参考例ということですね。
実際には、功績倍率は少しずれるかも、ということですね。
はい、代表取締役の3.0は有名ですが、その他の役職の倍率は参考数値です。
例えば、代表取締役を20年勤め、退職前の月給が50万円の場合は、次のようになります。
50万円 × 20 × 3.0 = 3,000万円



この場合、3,000万円が限界ということですかね?
限界というよりは、税務調査で否認される恐れがある、というところですね。
実際には、3,000万円を超過していても即アウトということはありません。
会社と退職した役員の実情に応じてなので、参考数値です。
この辺、けっこうグレーな部分です。
2ー2.功績倍率法の弱点



変な話ですけど、退職される役員の方の最後の月の役員報酬が「0円」とか「1,000万円」とか異常数値だとどうなるんですか?
いい指摘です。
上記の功績倍率法の弱点は退職直前の役員報酬が「0円」とか「異常に高い数字」の場合です。
社長、会長ですと高額の役員報酬のイメージもありますが、コロナ禍のような不況などで役員報酬を低く設定している場合もあります。
また、功績倍率法のことを知って、退職の直前に今までにないくらい高額の役員報酬にすることもあり得ます。
このような不自然なケースにおいては、功績倍率法は役に立ちません。
功績倍率法はもともと公務員や大会社的な「退職前の給料が一番高い、給料は右肩上がり」という状況を想定しています。
しかし、会社の経営はそのような単純なものではありません。
よって、退職直前の役員報酬が「異常な数値」の場合には、違う考え方をする必要があります。
3.平均功績倍率法の考え方と弱点



他にも方法はあるんですか?
平均功績倍率法というものがあります。
しかし、正直なところ使えません。
平均功績倍率法 = 最終月額報酬 × 勤務年数 × 平均功績倍率
※平均功績倍率は類似法人の平均値を持ってくる。



類似法人の功績倍率なんか分かるんですか?
民間人である我々には知るすべはありません。
つまり、税務申告を通じて大量のデータを保有している税務署しか行えない方法です。
弱点は「民間人では使えない」ということですね…。
4.合理的な役員退職金の算定



うーん、平均功績倍率とやらが税務署専用の方法であれば、退職前の役員報酬が異常数値とか、今までの役員時代を振り返って少ない金額しかもらっていない場合はどうすればいいんだね?
月並みな言い方になりますが「合理的な算定方法」を示すことができれば、税務調査でも強引に否認してくる確率は減ります。
例えば、役員時代(すべて代表取締役)が30年あり、その歴史を振り返り、過去の役員時代の平均年収が1,200万円(月額換算で100万円)なら、「100万円 × 30(年) × 3.0 = 9,000万円」という計算方法もできます。
これなら、退職前に会社全体のことを考えて、役員報酬を月10万円などにしていても、合理的であるとは言えます。
とはいえ、基本は「最終月額報酬 × 勤務年数 × 功績倍率 = 役員退職金の上限」でまず考えるべきです。
そのうえで、退職前の役員報酬が異常数値の場合に他の合理的な計算方法の採用を検討すべきでしょう。
5.税務調査を踏まえた考え方
役員退職金の考え方のキモは「合理的であること」です。
違う言い方をすると、「知らない第三者から見て異常な退職金の額になっていないかどうか」です。
- 退職の直前に高額な役員報酬にして、役員退職金の額を吊り上げている
- 年商が5,000万円、毎年の利益が100万円くらいなのに、役員退職金が5000万円もある
- 年商は10億円ほどあるが、役員に就任して数年しか経過していないのに多額の退職金がある
- 専務の肩書だが、実際にはほとんど出勤しておらず、会社のことを知らない
上記はけっこう極端な事例ですが、意外と会社に長年いると世間の常識とずれるところがあります。
税理士に相談するなどで、役員退職金の額が適正かどうかは冷静に第三者の目で見てもらった方がよいです。
まとめ



うま、役員退職金の算定方法はだいたい分かったな。
私の場合は、役員報酬は普通にもらっているから基本的な考え方で問題ないようだ。
役員退職金はグレーな部分が多い税制になっています。
もしも税務調査で否認されれば、「役員賞与」の扱いとなり「法人税の増額」「源泉所得税の漏れ」のダブルパンチを食らいます(さらに、個人への追及もあれば「所得税・住民税の増額」もあります)。
とはいえ、税務調査を恐れて、または役員退職金の制度を知らずに長年働いた役員に退職金を支払わないのは「役員への恩返し」「節税」の視点でももったいないです。
会社の社長であれば、50歳あたりから役員退職金について税理士と相談する機会を設けてはいかがでしょう?
もっと役員退職金について知りたい方は気軽にご相談ください。